過敏性腸症候群

パートI：過敏性腸症候群とは何か？

過敏性腸症候群（IBS: Irritable Bowel Syndrome）は現在ますます一般的になって来ている消化器系の疾患で、多くて20%の人に影響を及ぼしています(1,2)。IBSの現れ方は変幻自在で、人により様々な症状があり、腸内ガス膨張、下痢、便秘、腹痛と疝痛といった症状の全ての組み合わせを含んでいる可能性があります(1)。IBSが間欠性であることは珍しくありません。ある一時期悪化し、ある時は楽になり、そして再度激しくなります。IBSは命を脅かす病気ではないものの、不愉快で健康に関連する生活の質を損ね、そして人が日々活動するのに必要な能力に大きな影響を与えるかも知れません。IBSは同様に、より高頻度の入院加療や仕事場でのパフォーマンス低下といった、健康管理への出費が高額になることとも関連があります(1,3)。IBSの症状に悩む患者の多くは自然な解決法を探していますが、自然療法という選択肢は実際に助けとなるかも知れないことを示唆する医学的根拠が存在します。

かつてIBSは“除外診断”と見なされていました。つまり他のそれらしい病気は“IBS”という病名を付けられる前に全て除外されなければなりませんでした。このため不要かつ複雑な過剰検査が必要でした。最近になってローマIIIという基準がIBSの診断に採用されました。ローマIIIによると、再発性の腹痛や腹部不快感が6ヶ月間存在し、それらの症状が過去3ヶ月の間少なくとも週3回現れる場合に、IBSの診断を付けることが可能です。これらの腹痛や腹部不快感は、1) 排便の改善、 2) 通便頻度の変化に関連する兆候、3) 便の形状（外観）の変化に関連する兆候、の3つのうちの2つと関連がなければなりません (1)。他に見られる可能性のある症状は、腸内ガス膨張、便通の増加あるいは減少（週2回未満もしくは1日4回以上）、粘液を含む便そして便の堅さの異常などです。

これらの症状の原因がIBSではないという注意指標は、年齢50歳以上、短い症歴、体重減、直腸からの出血、そして低イオンや貧血などです。これらの症状は、大腸癌を含むずっと深刻な病気を示している可能性があり、更にアセスメントを受けるべきです。

更にその上、IBSは下痢優勢型（IBS-D: diarrhea dominant）、便秘優勢型（IBS-C: constipation dominant）、混合亜類型（IBS-M: mixed subtype）といった3つの主要なグループに分類されます (1)。

IBSの研究は、この症状への認知が増大すると共に急速に増加しています。IBSは、腸壁機能不全・腸内フローラの不均衡、交代制勤務によるサーカディアンリズム（訳者注：24時間周期の体内時計）の撹乱、そして心理的ストレスの上昇などの症状を伴い、これら全てが潜在的にそれ自身の経過に強い影響を与えている多因子的な疾患であるとますます思われて来ています。これらの要因とIBSに上手く対処するための自然療法的アプローチとを、このシリーズの以降のパートで検討します。

パートIではIBSが何であるかという一般的な情報を見直しました。この節ではIBSにおける腸壁機能の重要性を検討します。IBSに悩む人々に腸壁機能の変化と腸透過性の増加がある事を示唆する多数のエビデンスが存在します。

基本的な言い方をすると、腸の機能の1つは、腸内の半分消化された食物の微片を腸の反対側の血管から分離することです。腸壁に並ぶ特化した細胞は細胞間の“隙間“を無くすよう密着接合により合わさっており、きちんと消化されてそれらの細胞を通過した分子のみが腸から血流へ通り抜けることができます。細胞は細胞表面にある特定の受容器を介して何らかの分子を通過させるので、ある特定の小さな脂肪は細胞膜を通り抜けて拡散することができます。しかしどちらの場合も、大きな分子は通過することができません。ところが、この密着結合が機能不全になると、通常通過できない食物の分子が腸から血流へと通過することが実際に可能となります。これが粘膜の免疫を活性化し進行性の炎症を誘発することがありますが、これらは両方とも腸の本来の機能を悪化させ、痛みへの感度を高めます(1)。

この現象を言い表すのに長い間自然療法士が使ってきた言葉は“漏れる腸”あるいは“腸管壁浸漏症候群”です。最近では、腸管壁浸漏とIBSとのこのような関係は研究により裏付けられています(2)。腸壁機能を調査した最近のある研究では、IBSの患者は健康な人に比べて腸の細胞間に更に多くの “隙間”がありました。細胞の数あたりの隙間の数を“隙間密度”と呼びますが、健康な人は1000個の細胞につき6つの隙間がある一方で、IBSの患者は1000個の細胞につき32個の隙間があり、5倍多かったのです(3)。別の研究では、IBS-C（便秘）の患者には小腸の透過性の異常な減少が見られる一方で、IBS-D（下痢）の患者には大腸の透過性の増加が見られました(4)。腸の透過性の変化に伴い、過敏症・アレルギー反応を調節する免疫細胞である粘膜マスト細胞の活性が増大します。ある研究では、IBSの酷さは腸の透過性の増加および存在する粘膜マスト細胞の数と相関していたということが分かりました(5)。

腸壁機能を回復させる潜在的能力があるとされ研究されてきた最も重要な薬剤の1つがプロバイオティクスです。プロバイオティクスは免疫システムの活性化を調整し、腸の本来の機能を回復する手助けをするかも知れません(6)。原人の研究では、プロバイオティクス投与は正常な腸の透過性を修復する助となることを示唆しています(7)。ある研究では、プロバイオティクスは小腸の透過性を改善し、それに伴いIBSの症状のスコアを減少させることが分かりました(7)。同様に、機能性腹痛の子供たちについてはプロバイオティクスが腸の透過性を改善し腹痛の頻度と激しさとを軽減した(8)という結果が示されました。

以降のパートで、交代制勤務と心理的ストレスがIBSの症状にどのような役割を果たすのかを検討します。

パートIIではIBSにおける腸壁機能の重要性を論じました。これは腸内のミクロフローラのような局在的な作用や、もう少し遠くから及ぶ作用によって調整できます。これまでにIBSや他の疾患に関する“腸－脳軸”について多く書かれて来ました(1,2)。パートIIIとIVではIBSに神経システムが与えるインパクトについて検討します。

簡潔に表現すると、“腸－脳軸”という概念は、中枢神経（脳など）が腸機能に強く影響を及ぼしており、逆もまた同様であるということです。実際、中枢神経に加えて身体には腸をコントロールする腸神経システム（ENS: enteric nervous system）独自の神経システムの区分があります(1)。ENSというのは、例えば、食物を腸管内で先送りしたり腸の均整を確実にしたりする蠕動収縮の24時間のリズムをコントロールしています(3)。また腸は、セロトニンやメラトニンといった気分や他の脳内活動に関係があると通常思われている神経伝達物質と呼ばれる信号発信のための化学物質を大量に生産しています(1)。腸－脳軸という観点から見ると、ストレスやサーカディアンリズムの変化などの気分や脳内活動に影響のある因子は、腸機能とも固く結び付いています。

サーカディアンリズムとは人体内の24時間“時計”のことで、メラトニンというホルモンによって調節されています(4)。殆どの人はこの時計を睡眠と覚醒の見地からしか考えていませんが、コルチゾールを始めとする多数のホルモンの分泌といった他の多くの身体機能は1日24時間のリズムに従っています(5,6)。実際に睡眠不足は、血糖値の問題、高血圧、肥満や乳癌とですら関連が立証されており、睡眠の重要性は人間の健康へのその多くのインパクトゆえに、今初めて広く認識されつつあるのです(7-10)。

看護師を対象とした研究では、夜勤はIBSのリスクを高めることが立証されました(11)。ある調査では、交代勤務の看護師は日勤のみの看護師と比べて、IBS（夜勤48%に対して日勤のみ31%）と腹痛（夜勤81%に対して日勤のみ54%）の有病率が高いことが分かりました(11)。夜に光を浴びると夜間のメラトニン生産が撹乱され (12)、そしてメラトニンが蠕動収縮や腸壁の本来の機能の保護を含む腸機能の調節の一端を担う (3) と仮定すれば、これは驚くに値しません。幾つかの研究では、メラトニンの投与が痛みなどのIBSの症状を軽減する助となるかも知れないことが分かりました(13,14)。

IBSの患者へのメラトニンの投与は、内臓に関係する痛みの強さと腸内ガス膨張とを70%、便秘を50%減少させることが分かりました(15)。別の研究では、88%の患者が“IBSの症状の軽度から非常に良好な改善”を達成したと報告し、症状に関連するスコア全体への効果が確認されました(16)。これらの症状の改善は、睡眠や不安への直接の影響とは無関係であると思われます(14)。

パートIVでは、精神的ストレスのIBSの症状への影響について検討します。

パートIIIでは“腸－脳軸”という考え方をサーカディアンリズムに焦点を当てて紹介しました。脳は腸の活動に、神経システムを介した直接の通信とホルモン分泌とを通じて影響を及ぼしています。サーカディアンリズムの撹乱に加え、精神的ストレスもそれが高まるとIBSを悪化させる可能性があります(1,2)。これは神経システムへの直接の影響および消化の質に対するより一般的な影響を通して起こる可能性があります。

不随意もしくは無意識の身体活動を調節する神経システムの一部分は自律神経系（ANS: autonomic nervous system）と呼ばれます(3)。この系は、互いの作用の平衡を取り合う拮抗した系である交感神経系（SNS: sympathetic nervous system）と副交感神経系（PNS: parasympathetic nervous system）とに細分できます。身体がストレスに晒されると、SNSが活発になり、”攻撃・逃避反応“を誘発し、心拍数が増加し、血流が消化器官から心臓と大きい筋肉へと輸送されます。身体がリラックスしている時には、PNSが優勢となり、血流が消化器官へと向けられ消化酵素が分泌され消化が促進されます。慢性的なストレス状態においては、慢性的なSNSの優勢により消化に問題が出てくる可能性があります。これを打ち消すためには、座り、ゆっくりと食べ、食事中はリラックスすることが重要です。消化促進を助けるための別の方法は、食前に苦いハーブを使用することですが、そうすることにより消化系に食物を受け入れる準備をさせるのです。

多数の人を対象とした試験では、イベロガストと呼ばれる特効のあるハーブの処方がIBSの症状を改善する助けとなる可能性があることが分かりました(4)。研究により、これらのハーブは腹痛や筋肉の痙攣を軽減し消化管内の分泌を増加させることが分かりました (4-6)。

継続的なストレス管理はIBSに上手く対処するためには不可欠です。IBSの患者はしばしば、不安や鬱病などの他の病気との共存症もしくは共存関係にある疾患に悩まされています(7,8)。他の疾患が悪化した際にIBSの症状が突然起こるのは極めて良くあることです。ストレス自体、あるいは激しいスポーツのトレーニングに晒された健康な人のストレスは、恐らくストレスホルモンのコルチゾールへの作用を通して腸壁機能を損なうということが示されました(9)。ストレス反応の適応不良は、腸壁機能不全、腸内フローラの変化、胃腸の運動性と分泌作用の変化、粘膜血流の減少や損傷の治癒・回復能力の減少を含む幾つかのメカニズムにより、IBSの突発の一因となっていると思われています(1,2)。IBSに苦しむ人にとっては、このような共存症に十分に上手く対処するのと同時にストレスを効果的に管理・軽減する助けとなるような何らかの実践を行うことが極めて重大です。

一例として、IBSの女性たちは健康な女性たちと比べて鬱と不安の評価尺度が著しく高いスコアであることが分かりました(10)。そこで研究者がこれらの女性をセント・ジョーンズ・ワートという抗鬱薬により治療したところ、ベースラインと比較してストレスにより上手く対処することができるようになったことが自律神経系の検査により分かりました。セント・ジョーンズ・ワートによる処置は同様に胃腸機能に著しい改善の結果をもたらしました。気分やストレスへの対処を助ける他の天然薬剤や、気づきの訓練や瞑想といったストレスへの対処を助ける心理学的テクニックも同様に、IBS患者の症状の負担を軽くするかも知れません(11,12)。

このシリーズで論じられた情報の全ては、IBSの多因子的な性質をはっきりと示しています。しかしまた、腸壁機能、サーカディアンリズムそしてストレスなどこれらの因子に関するエビデンスは、各々の職場での要因に応じて選んだ薬剤がIBS患者の症状を自然にコントロールする助けとなることも同様に示唆しているのです。